こんにちは武田です。

以前私は、自信を持つことが非常に難しいと思っていました。

「もっと自信を持て」と言われても、

『これはみんなやってるしなー』とか
『こんなの誰でも出来るしなー』とか

自信になる根拠となる要素をいつも探しているけど
いつまでたっても見つからない、そんな人間でした。

そもそも自信を持つことって良いことなのか?
そんな考えを潜在的に持っていた気がします。

私自身が感じる,自信と過信の境界線があいまいで
自信が過信を生み、過信にまみれた人間が腐敗していく,
そんなイメージを持っていたからかもしれません。

それは、小学6年の頃に経験した出来事が原因だったと思います。
小学校当時の私は、勉強は全然駄目でしたが体育だけが取り柄で、
芸能人やスポーツ選手のものまねが得意な、内気で目立たないけれど
わりと明るい存在でした。

小学校6年の時のクラスになってから、周りとの相性が良かったのか、
私のキャラクターはクラスでなぜか大ウケでした。

いままではややウケで目立たない人間だったのですが、
一躍クラスの人気者になった・・と勘違いした私は、
完全に調子の乗っていい気になっていました。

『よし、俺は女子からも男子からもモテモテだ ぐへへっ』

すっかり自信をつけた私は、自分でも気づかないうちに
友人に対し、横柄な態度をとるようになり、
ぞんざいな振る舞いが目立つようになっていたのだと思います。

必然的に友達の輪からは外され、みんなから口も聞いてもらえなくなり、
あっという間にクラスの人気者からクラスの嫌われ者に格下げです。

子供の頃の苦い思い出、しかも自業自得で同情の余地もない
エピソードですが、”勘違いして自信を持つと、ろくな事がない”
ということが、この時私の潜在意識に深く刻まれたのです。

そんなことから、私の中では ”自信≒過信” ということが
明確化されて、自信を持つことを拒絶するようになったのだと
思います。

 

そんな自信に対して拒絶感を持っていた私ですが、
その後の人生で「もっと自信を持て」と何度か言われたことがあります。
中学の部活の時や、受験の時、あるいは就職活動の時など
私はいつもおどおどして、自分の選択にビビっていました。

『なにを根拠に自信を持てって言うの?』
『自信を持てる要素なんて無いって  』

心のなかでいつも反論していました。

そんな中、サラリーマン一年目当時の上司と飲んだ際に言われた一言が
私の人生を変えました・・・といったら少々大げさですが、
それまで一切の自信が持てなかった私が、多少なりとも
自信を持てるようになるきっかけになりました。

それは、
『根拠のない自信を持て』
でした。

『根拠なんて無くてもいいから自信を持って堂々としてろ
たとえ出来なくても、出来るまで出来るふりをしていろ
そのうち本物の自信が生まれるのだから』

そんなことも言われました。

今でも自信を持つことと過信とは紙一重のもので
勘違いして一歩進みすぎると過信に陥るという認識は変わりません。

ですが、正直それでも良いのではないかと思ってます。

一見謙虚に見えても、自分に常に自信がなく、
おどおどしてビビっているような人間よりは、
ちょっと鼻につくけど自信が有る人の方が良いし、
仮に過信で人から避難されたり、失敗したりしても
自分が不利益を被るだけで、他人にはそれほど迷惑は掛けません。
(掛けないように注意は必要ですが)

成功するためには過度に過信を恐れては駄目で、
根拠のない自信は成功に必要なスキルだと思います。

そう、もはやスキルだと思います。
そもそも無いものを持っているかのように振る舞うからです。

根拠のない自信でも、自分を信じて前に進むということが大切。
少々根拠が無いくらいなら、自分を信じてあげていいでしょう。

自分を信じて出来ると思えば取り組む姿勢は明らかに違ってきます
潜在意識も働いて物事が好転してくはずです。

自信が有る人は、その自信の根拠があろうがなかろうが
相手に与える印象は絶大です。頼もしく見えます。仕事を依頼したくなります。
人はおどおどしている人に仕事は頼みたくないですが、
自信満々の人に安心して仕事を頼みたいのです

自信を持つことができないという人は
積極的に根拠のない自信を持ちましょう

自身を持つことを恐れずに、自分を好きになって
根拠のない自信で満ち溢れてしまいましょう。

自信を持てば新しいことにどんどん取り組むことができるようになり、
新しいことがどんどんできればスキルは向上して人間力も上がります。

まさに”根拠のない自信が身を助ける”のです。