こんにちは武田です。

読書が習慣化されてくると、活字に触れない時間が
なんとももどかしく感じてきます。

TVとか全く観ない訳ではないのですが、
見た後にがっかり感というか、
「ああ・・TV観て損した」って気になります。

でも、読書が苦手だった頃って一冊本を読み終わっても
満足感って得られなかったんですよね。

「読み終わったけど・・・良くわからなかった・・」

って感じで。

なんとなく「ためになった」っという感じはしましたが
どんなことが「ためになった」のか、どんな知識を得たのか、
何が面白かったのかすら理解できていませんでした。

当時は、読書通じてその書籍から筆者の伝えたい何かを
学ぶという考えなど持ち合わせず、単純に「本を一冊完読する」
ことが読書の目的になってしまっていたのだと思います。

「読書が苦手な人」も同じように

読書 = 「本を一冊完読する」

のような誤った考え方をしているのかもしれません。

 

書籍は古今東西無数にあふれています。
古文書から現代書物まで多くの筆者が自分の考えや
伝えたいこと、作品としての物語などを記し、
後世に語り継がれていきます。

当然ですが、それぞれジャンルの真理を捉えたような良書もあれば
どうしようもない駄作も残念ながらこの世には存在します。

何を持って良書とするかは人それぞれの思考や好みもありますが、
その人にとっての良書に出会えた時は、純粋に面白く、興味深く、
その書籍に引き込まれる様に読み進められるはずです。

しかし問題は、駄作を手にしてしまったときです。

駄作を読んでいても、面白くもなく、学びもなく、
何も得るものがなければ、その先を読み進めるのは
拷問にも似た苦痛を味わうことになります。
そして、読み進めることを断念してしまいます。

 

そんな時、

読書 = 「本を一冊完読する」

の考えに縛られていると、

「本を一冊完読する出来なかった」 = 読書 が出来なかった
という事になり、脳中に読書に挫折したイメージが焼き付けられ
読書に対して苦手意識を持ってしまいます。

こうなると読書に対して消極的になってしまいます。
書籍を手にする機会があっても、機会を遠ざけたり
手にとっても読むことを先延ばしにしたりします。

するとますます読書から遠ざかることになり、
書籍から数々の恩恵を受ける機会を損失することになります。

重視する点は、完読することではなく、
自分に必要な書籍や自分が興味を持てる書籍に
数多く出会うことであると思います。

人と人との出会いにおいて、良い人との出会いもあれば、
(残念ながら)どうでも良い人、出来れば関わりたくない人
との出会いもあります。

良い人とはコミュニケーションを取って距離を縮めていけばいいし
残念な人とは逆に距離を置いたほうがいいでしょう。

書籍との出会いもまたしかりです。

書籍は人ではありませんので、
自分にとっての駄作を手にしてしまった場合、
遠慮なく縁を切るべきです。

最後のページまでお付き合いして上げる必要はありません。
すぐにページを閉じて次の書籍を読み始めましょう。

あなたにとっての良書に出会うことが出来ます。
読書が好き、読書を習慣にする為には
完読という完璧主義にとらわれること無く、
幅広くいろんな書籍に気軽に触れ合い、
良書に出会う機会を増やすことだと思います。

 

世の中の成功者や偉人と呼ばれる人はもれなく
書籍から数々の知見を学び、それらを人生に活かしています。
私達にも平等に与えられているその機会を
みすみすドブに捨てるようなことをする必要はありませんよね。