衆議院解散に伴う総選挙が間近に迫っており、
連日選挙関連のニュースでもちきりです。

ここで政治関連の評論はしませんが、
TVで政治関連の報道を見ているときは
私も”エセ”政治評論家になりきってます。

”どこの党が事実上解散し、新党のどこそこと合流。”

”新党への合流者は踏み絵を踏まされる。”

”新党の代表自身は選挙に出馬するの?”

選挙の本質である政策はどこかへ置き去りのまま
政局ばかりに注目が集まる中、TVの前の私も
”エセ”政治評論家として持論を展開します。

「そんなことばっかりやっているから
 国民が政治不信に陥るんだよ」

「言ってることが嘘くさいんだよ」

もはや持論でもなんでもありませんが・・・

 

ある野党議員の街頭演説のVTRが流れている時、
私はおもむろにこう発しました。

「この人さっきから文句しか言ってねーじゃん」

 

 

私は悟りました。

 

「あ・・文句しか言ってないのは俺だった・・・・・w」

 

他人の批判ばかりしていると、他人の負(闇)の面ばかりに
フォーカスすることが常態化することでその癖がつき、
正(光)の部分を見つけることがしづらくなります。

これって人としてすごく危険です。

他人の負(闇)の面は隠そうとしているものまで
見つけられるのに、正(光)の部分はそこに存在していても
まるでそこに無いもののように見えなくなってしまいます。

そうなると、もう他人や社会を常に批判的に見ることが
当たり前になり、やがて人間不信になったり、疑心暗鬼になり
常にネガティブな発想しかしなくなります。

最悪なのはさらに進行すると、その傾向が自分自身に
向けられてしまうことです。

自分自身を認められなくなって自分を信じられなくなったり
自分を責めたりしてしまいます。

精神衛生的にこれは悪影響を及ぼすので
避けなくてはなりませんね。

他人の批判ばかりしている人は他人から信用されません。
自分のことも影で批判されていると思われれるからです。

単純に他人の批判言ってて気分がよくなることって
無いですからね。

話しているときは一瞬スッキリするように感じますが
同時に怒りやイライラが湧いてきます。
批判の元となるのがこの怒りやイライラなのですから
当然といえば当然です。

 

人間ですから、批判的な感情や思いが生じてしまうのは
しょうがないことでしょう。

ですが、言葉に出すことは避けるべきですね。

仮に誰も居ないところで言ったとしても、
自分で発した言葉は自分自身の耳では
聞いているわけですから。

ネガティブな言葉はネガティブな言霊となって
ネガティブな事象を引き寄せます。

「文句言っている暇があったら手を動かしやがれ」

と言う大工の棟梁の台詞もありますが、
私もすぐにTVを消して本を読むことにしました。

文句言っている自分に気がついたらすぐに
「”文句ばっかり言っている人”注意報」自分にを出して
リセットすることにします。

それと何より文句を言いたくなっても言葉に出さないよう
気をつけたいと思います。

今日は自戒を込めて記事にしてみましたとさ。