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「模倣とパクリって何が違うんですか?」

って聞く人がよくいます。

模倣とは、学習形態の一つとされ、
自分の成長の為に、他社の行動を真似ることで、
自身の創作や創造を生み出すことに繋がる
可能性を秘めています。

一方、
パクリは自分の利益のため、
現物(原作)を盗作する行為で、
パクるという行為からは
創作や創造を生み出すことは決してありません。

よくブログの記事をパクられたという話を聞きますが、
そもそも人の記事をパクる行為は、
目先の利益の為や、自分で記事を作る努力を回避し
怠ける為だけの行為です。

なので、パクる人にとって本質的なメリットは何もありません

今は、ブログ記事などをパクってもすぐにバレますし、
オリジナル記事が検索エンジンに先にインデックスされていれば
検索エンジン側にもすぐに”パクリ記事”であることを認識します。

また、記事には著作権も存在しますので、
最悪の場合損害賠償を求められることもあるでしょう。

このように、人の記事をパクることには
なんのメリットもないどころか、デメリットやリスクが
たんまり漂っているわけです。

パクリといえば
パクリ商品で世界をリード(?)しているお隣の国、
中国のパクリ文化は有名ですよね。

日用品からアニメキャラクター、さらには軍事兵器まで、
ありあらゆるものをパクって世に送り出している実態は
日本のメディアでも取り上げられてますので
よく知られている話だと思います。

ただパクるというだけで、そこには創意や創造性などは
存在せず、クオリティが低いものしか出来上がらないので
いつもまでたっても残念な製品しか生まれてきません。

ついこの間、中国の旧正月にあたる春節で
中国人が日本の家電製品を”爆買い”していったことが
話題になっていました。

日本で販売される製品は、
高品質なものが殆どで、パクリ商品などの偽物を
掴まされる恐れがなく、安心して購入できることが
中国人の”爆買い”の要因の一つらしいです。

自国の人すら敬遠しがちだと言うのに、
何の価値も生み出さないパクリ商品をせっせと増産し続ける
ことに何の意味があるのか、まったく理解し難い事実ですね。

まぁ、この世のどこかの市場では実際に買う人がいて、
売れているから作っているのかも知れません。

ともかく、パクる行為からは何の価値も生み出しません

高度成長期の日本も、欧米企業の商品を真似して
散々叩かれたみたいですが、当時の製品は決して
”パクる” ことで生まれたものではなかったはずです。

なぜなら、現在の日本の製品は、
文句なく世界ナンバーワンの高品質を誇っているからです。
(製品のジャンルにもよります)

もし、当時の日本企業が、こぞって
欧米製品を”パクる”行為に走っていたら、
今日の日本製品の進化、発展はなかったでしょう。

進んだ欧米の製品を真似することから、
その進んだ技術を吸収し、そこに創意工夫を加えたものを
「メイドインジャパン」として新たに世に送り出しました。

当時の日本企業は、”模倣する技術”によって
製品の進化、企業の発展を遂げることが出来たのです。

 

ブログ記事を書くことも同じ言が言えます。

他人の記事を”真似する”のにも、
ただコピペで記事をしてアップするのと
記事の内容を自分の頭の中に一旦取り込み、
自分の言葉で、自分の意見として記事にするのは
全く異なります。

片や、書いた本人のスキル向上にもならない
読んだ人にも響かない、そんな価値もないパクリ記事。

それに対して、自分の言葉で自分の考えを述べ,
オリジナリティが加えられ、生まれ変わった記事。

どちらが価値のあるものかは一目瞭然ですね。

パクリというものは、他人の生み出したものを
そのまま自分のものとして利用しようとする
小賢しい企てに過ぎません。

しかし、模倣するということは、元の物を見本とするも、
自分の創意工夫が加えられえ、新しい視点で
新しい価値を生み出す進化の結晶にもなり得えるのです。

アップルの創業者、故スティーブ・ジョブズ氏は
生前こう言いました。

素晴らしいアイデアを盗むことに我々は恥を感じてこなかった

と。

しかし、アップルの製品で”パクリ呼ばわり”
されている製品は私の知る限り存在しません。

それは、アップル製品は、例え模倣した製品であっても
常にユーザーへ新しい視点と新しい価値を感じさせていた為
であることは明白です。

私達、情報発信する側の人間も、
パクリとは全く異なる模倣によって
新しい視点と新しい価値を生み出す
クリエイティブな仕事を目指さなければなりませんね。