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テニスの世界四大大会の一つ、USオープンで

錦織 圭選手が準決勝で勝利し、4大大会で自身初の決勝進出が決定しました。

決勝戦でも奮起して、是非優勝してもらいたいと期待しています。

 

さて、この明るい話題について

先ほどテレビのニュース番組(民放局の半分ワイドショー化している番組)で

取り上げられていたら、こんな字幕を出して司会者が興奮していました。

 

『錦織選手が(決勝で勝って)優勝する可能性は?』 と。

 

日本のメディアの残念な面とでもいいましょうか、

まだ結果の出ていない事項に対してあーでもないこーでもないと

トンチンカンな要素を持ち出し、それに絡めて結果を予測する。

 

政治家の進退や、問題を起こした芸能人の今後の予想、

最近だどワールドカップでの日本代表の成績などの

スポーツの勝敗などを予測して、それ自体を番組のコンテンツにしています。

 

期待を抱かせるように煽ってみたり、面白おかしく取り上げてみたり、不安にさせたり、

予測が外れれば、予測した人間に言い訳させたり、いじってみたりと

それは一種の戦略言えばそれまでですが、低俗なコンテンツであることは否めません。

 

もはやテレビというメディアが弱体化している理由はこんな低俗なコンテンツして

提供できないことにあるのではないかとすら思います。

 

話がそれましたが、

 

『錦織選手が(決勝で勝って)優勝する可能性は?』 

このまだ見ぬ未来に対する、この世に存在するただ結論は一つしかありません。

 

『可能性は 50対50。 やってみなけりゃ分からない。』です。

相手のランキングが低いからとか、過去の対戦成績がどうとかは関係ないのです。

 

スポーツに限らず気象状況など、予期せぬことが起こりえる未来に対する予測など

それ自体まったく意味を成さないもので、ましてやそれに対して一喜一憂することなど

全くもって無駄なことです。

 

このことは、アフィリエイトなどのビジネスにおいても共通して言えることであり、

 

『アフィリエイトで儲けられる確立は?』とか、

『今から始めても超後発だから、稼げないのでは?』

 

などという話に対しての答えも

『可能性は 50対50。 やってみなけりゃ分からない。』

なのです。

 

途中で挫折する人も、最初の段階でつまづいてしまう人も、

行動する前から行動することをためらってしまう傾向にあります。

 

余計な情報に惑わされ、しても仕方がない未来の予測ばかりしても

人間の進化や成功はありえません。

 

『可能性は 50対50。 やってみなけりゃ分からない。』

 

今日、今、この瞬間にできることに真摯に取り組んだ人が進化し続け、

成功と自由という明るい未来を掴むことが出来るのです。

 

 

『可能性は 50対50。 やってみなけりゃ分からない。』

 

 

今というこの瞬間にフォーカスして生活していきましょう。